経管栄養から経口摂取に戻す道のり ─ 家族と医療側で考えること






この記事の著者:ハーバー(現役 言語聴覚士・ケアマネジャー / 嚥下リハ15年)

急性期・回復期・終末期病棟・訪問リハビリの現場で15年、嚥下障害と家族支援に関わってきたST(言語聴覚士)です。教科書には書きづらい現場の知見を、ご家族向けに整理してお伝えします。

ある回復期病棟で、60代の男性のご家族と話したときのことです。

ご主人は脳梗塞の後遺症で半身に麻痺が残り、入院した急性期病院では誤嚥性肺炎を起こして、鼻からチューブで栄養を入れている状態でした。回復期に転院してきたとき、奥様が最初に私(ST)に聞かれたのは、「主人はもう、口から食べられないんでしょうか」という質問でした。

主治医からは「嚥下機能の評価をしてから判断します」と説明されていたものの、ご家族にとっては「いつから、何を、どこまで食べていいのか」がまったく分からない、不安だけが先行している状態でした。私はその場では「評価しながら、少しずつ進めていきましょう」とだけ返しました。

結果から言うと、このご主人は3週間ほどかけて段階的に評価と訓練を進めて、最終的にはゼリー食からペースト食、そして嚥下調整食(学会分類でいう2-1〜2-2レベル)で退院されました。経管栄養は外れました。

このケースが教えてくれたこと

経管栄養から経口摂取に「戻す」という判断は、終末期の話だけではありません。脳梗塞・誤嚥性肺炎・大きな手術のあとなど、急性期で一度経管に切り替わった方が、回復期・慢性期で再び口から食べられるようになるケースは、現場では決して珍しくないです。

私はSTとして、ひとつの方針を持って働いています。

「明らかに無理な場合以外は、食べさせる方向で考える」

完全な言い切りではありません。覚醒度がそもそもない、咳がまったく出ない、嚥下反射そのものが乏しい──そういう「明らかに無理」と判断できる状態はあります。そうした場合は無理に試しません。

ただ、それ以外であれば、デフォルトの姿勢として「戻せるかもしれない」と考える。これは終末期でも、回復期でも、慢性期でも、訪問の現場でも同じです。

経管栄養から経口摂取に戻すまでの、現場での流れ

ご家族から「いつから食べられるんですか」と聞かれたとき、私はだいたい次のような順番でお話しします。教科書的な手順というより、現場で実際にたどる流れに近いです。

① 全身状態とリスクの把握

そもそも誤嚥性肺炎を起こした直後だったり、発熱が続いていたり、痰の量が多かったりすると、経口摂取の開始はもう少し待ったほうがよい場面が多いです。経管栄養になっている背景(脳梗塞か、術後か、認知症の進行か、誤嚥性肺炎を繰り返しているか)によって、戻しやすさはずいぶん変わります。

② ベッドサイドでの嚥下評価

VFやVE(嚥下造影や内視鏡検査)を最初から行う病院もありますが、私が現場でまず見るのは、検査ではなくベッドサイドの観察です。具体的には、次の3点。

ベッドサイドで見る3点
  • 顔つき:覚醒度、視線が合うか、表情に動きがあるか
  • 声の大きさと張り:咳がしっかり出せるかの予測になります
  • 車椅子に座っている姿:食事姿勢を一定時間保てるか、拘縮の程度

この3点で「いけそうかな」「もう少し待ったほうがいいかな」のあたりがつきます。経験のあるSTほど、検査の前にここを見ています。

③ 間接訓練からの再開

すぐに食べ物を入れるのではなく、まずは口や舌の運動、頬や口唇のマッサージ、嚥下反射を促す訓練(アイスマッサージなど)から始めることがあります。とくに経管栄養になって長く経っている方は、口やのどの感覚自体が鈍くなっていることが多いので、ここを飛ばすとうまくいかないケースが多いです。

④ 直接訓練(少量から)

問題なさそうなら、まずはゼリーをティースプーン1杯程度から。次にとろみ水、ゼリー量を増やす、ペースト食を少量、刻みとろみあん、嚥下調整食…と段階を上げていきます。1段階上げるたびにむせや残留がないか、声の変化がないかを確認します。

焦らないことが一番大事:1段階で1〜2週間かけても全く問題ありません。逆に、無理に進めて誤嚥性肺炎を再発させると、また経管に戻って一から、というのが現場でいちばん避けたい流れです。

⑤ 検査(VF/VE)が必要な場面

ベッドサイドで「いけるかどうか判断がつきにくい」「ある段階から先に進めない」「家族や医師が客観的な評価を求める」というときに、VFやVEを行います。検査は万能ではなく、緊張した姿勢で食べ慣れないバリウム食を口にする状況なので、実生活と一致しない結果が出ることもありますが、客観データとしての価値は大きいです。

ご家族が知っておきたい、いくつかのこと

「戻せる」「戻せない」の判断は、誰がするのか

最終的な判断は主治医と本人(ご家族)ですが、嚥下に関しては言語聴覚士をはじめとする専門職が評価と提案を行うのが一般的です。「主治医に聞いてもよく分からない」というときは、「STに評価をお願いしたい」と申し出てよいです。

病院・施設による文化の違い

これは大きな声では書きにくいことですが、現実として、どの病院・どの主治医にお願いしているかで、経管栄養から経口摂取への移行の進み方は変わります。慢性期病棟や終末期病棟、回復期病棟では「戻せそうなら戻していこう」というスタンスが取られやすい一方、急性期の大病院ではリスク回避が強く働いて、経口摂取の判断は慎重になりがちです。

「うちは経管栄養になったらもう食べられない」と、はじめから諦める必要はないことが多いです。転院や施設選びの段階で「経管栄養から経口摂取への移行を試みてもらえますか」と聞いてしまってよい、と私は思っています。

「お楽しみ食」という選択肢

完全に食事として戻すのは難しいけれど、ゼリー1口・お茶のとろみ水1口だけでも口にしてもらいたい、というご家族の希望に応える「お楽しみ食」という運用があります。栄養は経管栄養で確保しつつ、食事の楽しみだけは口から、という形です。

これは終末期だけでなく、認知症が進行した方、嚥下機能の回復が見込めない方にも適用されることがあります。「全か無か」ではない選択肢として、知っておくと選択肢が広がります。

ご家族にできること

  • 食事や水分の様子(むせ、声の変化、残量、表情)を記録しておくと、評価のときに役立ちます
  • 主治医や担当STに、希望と不安を率直に伝えてください
  • 「食べさせたい」だけでなく、「もし誤嚥しても受け入れる覚悟があるか」をご家族の中で話しておくと、医療側との対話がスムーズになります
  • 焦らず、段階を一つずつ確認する

なお、ここで書いた内容はあくまで一般論で、個別の判断はお一人お一人で全く違ってきます。実際にどう動くかは、必ず主治医・担当STを含めた目の前の医療チームと相談したうえで決めてください。

最後に

経管栄養になったからといって、すぐに「もう食べられない」と諦める必要はありません。冒頭の60代の男性のように、評価と段階的な訓練で経口摂取に戻れるケースは、現場では確実にあります。同時に、戻すのが難しい状態の方もいて、その判断は専門職と一緒に丁寧に進めるしかありません。

「戻れるかもしれない」と「戻れない」の間には、グラデーションがあります。「お楽しみ食」のように、栄養と楽しみを分けて考える選択肢もあります。

ご家族の「もう一度、口から食べさせてあげたい」という気持ちには、間違いなく意味があると思います。一人で抱え込まず、主治医や担当のST、訪問看護・訪問リハの専門職に相談してみてください。一緒に考えてくれる医療者は、思っているよりもいます。

補足:この記事の位置づけ

この記事は、経管栄養と経口摂取に関する一般的な情報をまとめたものです。本記事で紹介する考え方は、診療上の指示の代わりにはなりません。個別の判断は本人の状態や医療チームの方針によって大きく異なるため、本記事の内容で症状の改善や事故の予防を保証することはできません。実際の対応は、必ず主治医や担当の言語聴覚士などと相談したうえで決めてください。

参考資料

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